なぜ壊すのか? なぜつくったのか?
赤間遺跡(正式名称:空知炭鉱赤間選炭場)とズリ山階段について考える・・・
補助金が出るうちに壊すというのは、うんざするくらいよくある話しである。
今回の赤間遺跡の解体も同様であった。私達「グループ炭坑夫」が解体反対を表明したにも関わらず着々と解体は進められた。そして2001年中には全てが解体されることになっていた。
しかし全14棟のうち、1棟だけは残されることになった。空知支庁の「炭鉱の記憶事業」、学識者や私達のような市民団体の声が届いたのだろうか。現存している遺跡群のうち一番大きな1棟が残されることになり、解体事業予算が8,500万円から3,300万円に縮小されたくらいだから、なおさら評価できるだろう。
しかし、大きな疑問が残った。なぜつくったのか?
それは赤間遺跡群に位置するズリ山階段のことである。「日本一の777段ズリ山階段」と市内外にアピールしている。赤間選炭場からのズリでつくられたズリ山を活かした好例だった。
しかし聞くところによると、『ふるさと創世基金』の1億円が全国にばらまかれた時、九州は500段の公園をつくったから、ウチは777段で日本一にしようと・・・と作っただけで、赤間遺跡とは何も関係ないのだという。
誰が聞いても変な話でしょ? 誰が見ても赤間とズリ山階段は同一施設に見えます。少なくとも市職員以外、1億2500万人の国民すべてがそう思うでしょう。
赤平市がこの程度だったとはあきれました。
1999年5月に一番大きな選炭機が壊されました。「グループ炭坑夫」は解体を阻止するために活動しました。でも一番大きくて魅力的な遺跡はあっさり解体されました。
しかし今回は少し違いました。赤平市長である親松氏から「グループ炭坑夫」代表の風間健介に電話が来ました。「1棟は残す。そして保存が決まっている住友赤平立坑と遊歩道で結ぶ計画を立てている」との話しだった。確かに悪い話しではない。ずいぶん前向きになったものだ。
しかし私達が望んでいるのは、残された全ての施設の保存活用である。1棟だけ残されても恥ずかしい。他の建物の保存はできないものかとゴネたが、「ズリ山階段に近いからキケン」とのこと。
そんなキケンなところにズリ山階段をつくるなよ。
ズリ山階段を背にして赤平の町を望む。解体されて広大な敷地が広がる赤間選炭場跡。そして列車も少なくなった赤平駅が見える。最近建て替えられて複合施設『みらい』という建物になった。しかし利用者は少ない。でも赤間遺跡だけは解体された。何もない。
だいじょうぶか赤平市。 |